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●ロシア建築
ルーシ、またロシアは10世紀まで木造建築のみであった。キエフ・ルーシ(現ウクライナ中心)が興り、今日「黄金の環」と呼ばれるウラジーミル、ロストーフ、モスクワなどの都市が形成。城壁や教会建築が活発化した。
ピョートル1世は、ヨーロッパ文化をロシアに積極的に持ち込んだ。サンクトペテルブルクを建都し、モスクワとは全く異なる性格をもつ都市へと発展した。このときヨーロッパで絶頂だったバロック様式がサンクトペテルブルクを中心に花開いた。
専制時代は、古くからロシアの伝統とヨーロッパの潮流のせめぎ合いであった。ロシア革命によるソビエト成立は、過去を否定し全く新しい建築を模索するロシア・アヴァンギャルドが登場し、構成主義が一世風靡した。しかしナショナリズムの台頭で再びスターリン様式のような古典に回帰し、長らく停滞期に入った。
しばしば、「ロシア建築」と呼ばれる建築の範疇には、キエフ・ルーシをロシアとみなして考えられている。しかし、キエフ・ルーシを必ずしも「ロシア」の枠組みとはせず、東スラブ共通との意味で「ルーシ」ととらえる研究がロシア以外の国では盛んになっている。
●ロシア文学
ロシア文学(ロシアぶんがく、ロシア語: Русская литература)とは、ロシアの作家によって書かれた、あるいはロシア語で書かれた文学、及びそれらの作品や作家を研究する学問のこと。一般的には、旧ソビエト連邦体制下の作家を含む。
いわゆるロシア文学が生まれたのは比較的遅く17世紀になってからであり、詩と戯曲から始まったが、間もなく非常に豊かな小説の伝統が生まれた。
続く「ロシア文学の黄金時代」にはフョードル・ドストエフスキー、ニコライ・ゴーゴリ、レフ・トルストイ、イワン・ツルゲーネフといった偉大な小説家たちが現れ、世紀の終わりには劇作家アントン・チェーホフも登場した。
20世紀に入ると、象徴主義と未来派の詩が、強力な理論活動と共に新しい文学の飛躍をもたらしたが、すぐにソ連の迫害に直面することになった。それでも20世紀にはセルゲイ・エセーニンやウラジーミル・マヤコフスキーなどのような詩人や、マクシム・ゴーリキー、ボリス・パステルナーク、ミハイル・ショーロホフ、ミハイル・ブルガーコフなどの小説家が輩出した。ヴァシリー・グロスマン、ヴァルラーム・シャラーモフ、アレクサンドル・ソルジェニーツィンらのソ連の全体主義体制を告発する作家たちは特に強くスターリンによる抑圧を被った。
ソ連の崩壊と共産主義体制の消滅により、1990年代には新しいロシア文学が徐々に生まれつつある。
●音楽
現存する文書記録には、ルーシ族に音楽文化があったことが述べられている。中世のロシアで最も人気のあった楽器は、グースリ、グドークといった弦楽器である。考古学調査によれば、ノヴゴロドの地域で11世紀のものと推定される、これらの楽器が発見されている(ノヴゴロドは深い音楽の伝統を持っており、民話における英雄や数篇の叙事詩の主人公はサドコと呼ばれるグースリ弾きだった)。よく使用される他の楽器としては、スヴィレルと呼ばれる笛、トレショートカやブベンといった打楽器がある。しかしながら、最も人気のある音楽様式は声楽であった。サドコやイリヤー・ムーロメツといった英雄を描いたブィリーナ(口承叙事詩)はたびたび歌われ、時には楽器による伴奏が付くこともあった。叙事詩のテクストは、一部が記録されている。
モスクワ大公国の時代になると、正教会の宗教音楽と、楽しみのために用いられる世俗曲との間に明確な線引きがなされた。前者はビザンティン帝国から伝統を受け継ぎ、ロシア正教会の鐘鳴や合唱に重要な位置づけを与えている。ネウマ譜が採譜のために発展したことから、中世ロシア音楽は中世宗教音楽の1ジャンルとして今日まで生き残っている。その中でも、16世紀にイヴァン4世によって作曲された2曲のスティヒラは著名である。
世俗音楽ではフィップル・フルートや弦楽器といった楽器の使用が見られる。当初はスコモローフと呼ばれる、貴族を楽しませるための道化師や吟遊楽人が休日に演奏するのが主だった。17世紀のロシアの大シスマに対する反動の時代、スコモローフならびに彼らの演奏する世俗音楽の形式は、商業目的の使用を禁止された。しかし、彼らの伝統の一部は、規制の時代を乗り越えて今日まで受け継がれている。
     
引用:Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AD%E3%82%B7%E3%82%A2#.E9.9F.B3.E6.A5.BD 2026年4月4日 (月) 15:12
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